犬の膀胱腫瘍(移行上皮癌) 水腎症 腎後性腎不全 手術
犬の膀胱内にできる癌の第一位は、移行上皮癌です。
このブログにも何度かでてきている名前の癌ですが、
根治は難しい種類の癌ですので、なかなか明るい話もできないため
これまで詳しく書くことはあまりしてこなかったのですが、
今回は、飼い主さんの了承も得て(もちろんいつもの内容全てそうですが)。
あえて、病気の進行とそれに伴う障害を書こうと思います。
一般的に約90%の移行上皮癌は、膀胱出口付近の三角部といわれる部分に発生します。
残りは、先端(頭側)を含める部分に発生。
膀胱三角部には、左右腎臓からくる尿管が合流し、最終的に排尿される尿道へと繋がっています。
そのため、癌ができることによってそれら尿管や尿道の流れが障害されてしまうことがあります。
くわえて、移行上皮癌自体も非常に浸潤性や転移性、播種性に富んでおり根治が難しい癌です。
できる場所が血流の豊富な膀胱粘膜なだけに、周辺のリンパ節や骨盤などの骨に転移、
最終的には肺転移までみられます。
なかでも、骨転移は痛みが出てくることが多く
過去にはその痛みのを理由に安楽死となった子も経験しています。
もちろん、肺転移も大変で約2/3の肺がやられてしまうと呼吸困難の症状もはっきりと現れます。
今回のブログは、そんな大変な癌を抱えてしまったMちゃんの話です。
うちの病院に来たのは、去年の暮れ。
それまで診てもらっていた病院でも、膀胱癌を疑われていて治療を継続していたのですが、
より詳しく診てもらいたいとの希望で当院を受診されました。
お母さんからの情報だと、
最初にできていた癌の場所は頭側部、ほかにもポリープらしきものも存在し
診ていた先生も迷いに迷ったとか、もちろん頻尿や血尿といった症状はありながらも、
ここまで来るのに、6ヶ月が経過。
そんな今までの経過の話を聞きながら、当院で検査をした結果、移行上皮癌が濃厚に疑われ、
癌はすでに膀胱三角部付近にまで浸潤していました。

膀胱の先端から腹側三角部にかけて、粘膜の重度肥厚がみられます。
過去の話を蒸し返しても、後悔が先に立ってしまうこともあるのでなかなか話しずらいのですし、
実際に私が診ているわけでもないので、想像の範囲を超えませんが、
膀胱頭側部に限局していた時に上手く見つけられていれば、
膀胱の部分摘出でうまくいっている症例も経験していますので、
なんとも悔しい思い。
とはいえ、今をどうにかしていかないといけないので、現時点でできることのメリット・デメリットの話をして、
今後の治療についての方向性を飼い主さんと一緒になって決めなくてはいけません。
画像検査では、明らかな転移の兆候はみられません(CTは無いので撮っていませんが)ので、
まず選択肢に上がるのが、消炎剤を使った内科療法。
抗がん剤の使用はあまり効果がないのでお勧めしていません、今後に期待です。
ただこのままだと、「癌の進行は少し緩やかになるかもしれない」程度の効果しか期待できないので、
癌の浸潤により、尿道閉塞(排尿困難)や尿管閉塞(水腎症・腎後性腎不全)などの合併症が起こり、
もちろん転移も起こってきます・・・
これでは、進行が抑えられないので「困った」となると、外科治療。
この時点で最も積極的な治療は、膀胱全摘(さらにやるなら尿道も全摘)と尿管-膣吻合。
膀胱全摘の手術は、手術侵襲もありますし、
メスの場合だと尿管を膣に吻合させるので尿は垂れ流しになりオムツ生活となります。
オスの場合だと、包皮に開口させ、こちらもオムツ。
じゃあ、ここまでやってその後どうか・・・
所属していた大学病院のデータでは、中央生存率(平均)においては内科治療と倍ほどの差はありません。
しかし長期生存している子は、外科手術を受けて年単位の生存を得ていることも事実です。
くわえて、尿道閉塞や尿管閉塞による腎不全は回避できるかもしれません。
もちろん、吻合した尿管に再発すれば再閉塞を起こすことも考えられます。
結石などの尿路変更術でも再手術なんてことがある分野ですから、相手が癌ならなおさら可能性があります。
現在の獣医学では、膀胱移行上皮癌の根治ということはいずれの方法にしても困難。
膀胱全摘出も尿路変更の手術も、全ては排尿コントロールを目的とした姑息的な手術の位置づけとなっています。
ここをどう考えるか?
正直、我々獣医師でも腫瘍科の先生と、泌尿器科の先生とは考え方が異なる場合があります。
そして、今回のMちゃんご家族とも、何度も何度も話し合い。
結果、膀胱全摘出は行わないことで、内科治療の継続をご希望されました。
とはいえ、2ヶ月後には。

三角部から尿道にかけても怪しくなり。(この時点では頻尿血尿以外の合併症はありません)
さらに、3ヶ月(うちに来てから6ヶ月)

膀胱の左側を中心にかなり進行。
徐々に左側の腎臓の流れが悪くなり始めました。
そして今月(うちに来てから7ヶ月)、いよいよ腎臓の数値も上昇。BUN60 Cre2.0
Mちゃん自身も少し生活に乱れが生じ始め。

左の腎臓はご覧のように、水腎症・水尿管症が進行しています。

右の腎臓自体は、まだ大丈夫ですが。
尿管を追いかけていくと・・・

膀胱付近でだいぶ障害されてきています。
この時点で、発症からは1年以上。
経験的にものすごく早く進行するやつと、ゆっくり進行するやつといるような感じがしますが、
この癌を抱えて、本当によく保ってくれています。
未だ、画像診断では、明らかな転移はありません。
飼い主さん家族と・・・「うーん、どうしようか??」「左腎臓から膀胱へのルート作りますか?」
考えなくてはいけないポイントにきました。
腫瘍死(転移等により全身に広がった状態)の前に、腎不全で亡くなってしまうこともありえます。
そして私にいたっては、やるやらないの問題もそうですが、
どうやって(何を使って)治めるかも考えなくてはいけません。
一昔前なら、尿管ステント。
これは今更やるには、術後の成績も考えて・・・??
入れるために膀胱切開も必要になってくる可能性があるので不可。
現在は、SUBシステム
いいけど、デバイス自体が高価すぎる。
結石症例のように、年単位の維持を狙った手術であれば迷わず使っていますが、
今回は、移行上皮癌。
実際に飼い主さんとの話し合いの中で、あとどのくらい保ってくれるのか?
2~3ヶ月?6ヶ月?
そこで候補に挙がったデバイスがこれ。

手元に持ってはいたのですが、どの症例に使うべきか迷っていたデバイス。
SUBのように設置後の洗浄はできませんが、管は明らかに太い。
SUB 6frに対して ティアレ 10fr。
価格は、半額以下。
個人的な考えかもしれませんが、
このようなシチュエーションの手術(デバイス)は治療費も考えなくてはいけないと思っています。
ただし、初めて使うので私の中で実績がありません。
実験的になってしまうかもしれません。
Mちゃんの尿ももちろん感染しているので、チューブ内の閉塞のリスクはあります。
言い方は、問題あるかもしれませんが「チューブと癌の進行と追いかけっこ」。
今回の話し合いは、本当に包み隠さず、本当に腹を割って。
飼い主さんも、
「まだ頑張れそうなので、腎臓の手術お願いします」
「先生の提案のデバイスでやってみます」 との返事。
準備をして、もう一度直前に話し合って。
手術は無事に終了。

翌日の腎臓の数値はほぼ正常値。

やや腎盂拡張していますが、腎臓らしい姿に戻って。
Mちゃんも入院中は美味しいもの食べて、元気に帰って行きました。
当然のことながら、癌を患っているわけですから本人は具合悪いでしょう。
今後も、もちろん経過観察は必要ですが、
腎臓に関してはこのデバイスで数ヶ月うまくいってくれれば!!
残りの右腎も、尿道も。
転移した時の痛みのコントロールも・・・・・
いい時間をどれだけ過ごしてもらえるのか。
これからもサポートして、後は願うばかりです。